負の連鎖を断ち切る

「・・ゆえもなく裏切る者は恥を見ます。」詩篇25篇3節。
25篇はダビデが息子のアブシャロムに謀反を起こされ、逃亡している時の内容だと言われています。
ですから、「裏切る者」とはアブシャロムのことであり、また名参謀のアヒトフェルのことです。
25篇を読むと、ダビデの心に罪責が強いことがわかります。
そうです。この災いは身から出た錆なのです(Ⅱサムエル12章10節)。

バテシェバ事件でダビデの周りの人が深く傷つきました。ダビデは自分と類似する罪を犯した息子アムノンを叱責することができず、そのことでアブシャロムは傷つき、父ダビデに対する憎しみを積み上げていきます。アヒトフェルはバテシェバの祖父に当たります。孫とその婿をほしいままにしたダビデにやはり憎しみを抱きます。ダビデを裏切った二人は、ダビデの罪によって傷ついており、被害者だと言えます。しかし、ここでダビデは彼らのことを「ゆえもなく裏切る者」と言っています。ゆえもなくとは、「理由にならない」「正当化できない」と言う意味です。つまり、たとえ傷ついて、被害者であっても、それを理由にして、罪を犯すことは正当化できないと言うことです。
 アメリカにコディ・スコットと言う男性がいます。11歳の時に少年ギャングのリーダーとして殺人事件を起こし、その後も犯罪を重ねて、人生のほとんどを刑務所で過ごしている人です。刑務所で彼は「モンスター」と言う自伝を書いて有名になりました。「自分がこのような人間になったのは生い立ちが原因。食べるものも満足に与えられない貧しい家庭で、両親からの暴力を受けて育ったから。」彼は少年時代を「地獄さながら」と表現して、多くの人々の同情を誘いました。しかし、彼がひた隠しにしている事実があります。彼は5人兄弟で、他の4人も彼と全く同じ環境に育ったのに、他の4人は犯罪や暴力と無縁の生活を送って、普通の人生を歩んでいると言う事実です。彼の兄弟たちもひどい虐待を受けているわけですから、良い家庭で育った子供よりも何倍も悪い連鎖の中に迷い込んでしまう強い誘惑があったと思います。しかし、他の兄弟たちは、コディのように悪い道に進むことを拒否しました。そして、彼らはその問題を乗り越えたのです。人間にはモデリングは大切です。良い家庭、良い環境で育つならそれだけ良い人生を送る確率が高くなってくる。もし、悪い人間関係、悪い環境で育つなら、それだけ道を踏み外しやすくなります。そういう育ちの中にある人は多くの負の遺産を背負って、生きづらさ、痛みと言うのはあるし、罪に傾く傾向はある。しかし、それは運命ではないのです。
 ヤベツの祈りで有名なヤベツと言う人は、その名前の意味が「悲しみの中で産まれた子」と言う意味です。名前からして彼の生い立ちが負の遺産を背負わされたのを垣間見ることができます。しかし、ヤベツは自分の負の連鎖を祈りで断ち切ったのです。「『私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。』そうすると神は彼の祈りをかなえられた。」Ⅰ歴代誌4章10節。彼は大いに祝福された人へと変えられました。私たちは生い立ちや負の遺産によって、罪にはまることを拒否しないといけない。福音は私たちの弱さを克服させ、人生を飛躍させるものなのです。